ここはスプリングガーデン某所にある大人の雰囲気ただようバー。店内の照明は薄暗く、控えめな音量でジャズのナンバーがかかり続ける。決して広いとは言えないスペースにカウンターテーブル1つと相席用小テーブル2つ。カウンター席の距離などは客同士が会話を弾ませることも、一人黙々酒との会話を愉しむことも出来る心地よい間隔にしつらえられている。
いたいた、団長さん。やっぱり来ていましたね!
客層もまた、バーの雰囲気にふさわしい大人の振る舞いを知る紳士あるいは淑女のみだ。互いの存在を拒まず、さりとて決して深入りせず。
ふっふっふ、聞きましたよ。この間の討伐で特別手当が出たんですって?
年収はこれで大台に乗りました?ぶっちゃけいくらぐらい、貰っちゃっています?
無作法、無遠慮な客など1人も居ない、真の大人達が辿り着く心のオアシスなのである。
バーテンダーさん、まず私にミルク!!
お酒を飲む前にミルクを飲むと、悪酔いしないらしいですからね。
さあ今日も沢山飲んじゃいますよ。もちろん私は一銭も支払いません。
お勘定は全部この隣に座っている団長さんが払います。このお店で一番高い酒は…
うるさいよ!他の客が超迷惑!
へっ!?団長さん、声を荒げてどうしたんですか。
まさかのまさかの、バーテンダーさんと私の仲が進展しようとしているのに嫉妬しちゃってます?
大丈夫ですよ、こんな場末で席もガラガラのバー店員さんと軍属の団長さん、どちらの財布がぶ厚いか知らない私ではありません。
でもそうですね、今日おごってくれるお酒の値段によっては〜ってところですね。そうしておきましょう!ねっ!
さも当然の権利かのように言うけれども、いつ酒をおごるって話になったんだ?
このあいだ、団長さんのありがたつまらないお酒トークを清聴したらおごってくれたじゃないですか。
今日もつまらない話、聞きにきてあげましたよ。
あれは君がバーに来て何も注文せずに帰ろうとするから仕方なく…
…もういいよ、何言っても無駄だろうから一杯飲んでさっさと帰ってね。
はい!一杯と言わず、何杯でも!
アンゼリカさんはアンゼリカが主役の酒を知りたいようです
ところでところで〜、このあいだのつまらないお酒トークで花騎士さんの元ネタを使ったお酒も沢山存在するって話をしてましたね。
ここは格好良く、「アンゼリカ、今宵は君に因んだお酒を御馳走するよ!」とかキザなムーブ決めちゃってください!
…あー、それね。それは難しいかな。
なんでですか?
さては私に相応しいお酒となると高級品ばかりで、持ち合わせが足りない、そういうことですね。
はーっ、高級すぎる女はつれーなー。
アンゼリカを使ったお酒なら安いものから高いものまで沢山あるよ。
ただなんというか、アンゼリカが主役のお酒というと挙げるのが難しい。
へっ?
要はその原料が無いとそのお酒である条件を満たせないのが主役ということになるのだろうけれども、アンゼリカが無いと全くの別物になってしまうお酒というものがないんだよね。どちらかというと沢山入っている副原料のうち1つにアンゼリカが使われているといった感じ。
なっ、なんでですか!それじゃ私、バラエティ番組におけるひな壇タレントみたいな扱いじゃないですか!
そんな扱いは許せません。今すぐ私主役のお酒を作ってください!
…まずは、お酒がどうやってできるかについて勉強してみようか。
Tips:ここからおよそ4600文字くらい長くつまらない説明が続くぞ!読み飛ばしたい方はこのリンクをクリック!
お酒の作られ方とその種類
お酒というのはつまりアルコールの入った飲料なのだけれども、そのアルコールはどこからやってくるか知っている?
どこから?うーん…改めて聞かれると出所が不明なような…
梅酒を作るときにはホワイトリカーをお店で買ってきて浸けます。でもそのホワイトリカー自体どうやって作っているのかわからないし…
そもそも古代ギリシャとか古代エジプトとかその辺りからお酒が飲まれていたと聞きますが、その頃にホワイトリカーのようなアルコールが売られていたかどうか…
なるほど全てのお酒は、ホワイトリカーみたいなアルコールに副原料を足して作られるというイメージを持っているわけだ。勿論その理解では不正解なのだけれども、確かにそういう作られ方をするお酒もあるね。
アルコール発酵の基本は酵母による糖の分解
そもそもアルコールというものは、アルコール発酵という化学的変化によって得られるということを覚えておいた方が良い。これは糖分を酵母と呼ばれる微生物(菌)が分解して、エタノール(アルコール)と二酸化炭素を排出するというプロセスだ。つまり酒造りは基本的に糖分のあるところに酵母を持ってきて、充分に反応が終わるまで待つというやり方だ。
なるほど、酵母さんが糖をせっせと分解してくれることで、人間様がゴキゲンになれるアルコールが出来るのですね。かわいいヤツですね!
そう。そして酵母は自然界のあらゆるところをフワフワと漂っているから、自然界で糖が露出している場所に酵母がやってきて付着すると、そこでアルコール発酵が起こる。具体的には熟して潰れた果実とかね。人類が最初に味わったお酒は、熟した果実の上に偶然生じたアルコールだったかもしれない。
お酒の種類その1 醸造酒(単発酵酒)
人類とお酒の最初の出会いは偶然のものだったかもしれないけれども、アルコールを摂取することの愉悦を覚えた人類はやがてそれを人為的に造り出そうとするわけだ。具体的には、糖をひとところに沢山集めてきて強制的に酵母とマッチングして発酵させる。このタイプの代表例がワイン、サイダー(林檎酒)やミード(蜂蜜酒)などだ。ワインの酵母はブドウの皮などに付着しているので、収穫した果実を乙女の足で(これ重要)踏んづけて糖と酵母に接点を持たせる。サイダーの場合も酵母はリンゴの皮に付着しているから、果実をそのまま潰せばよい。ミードの場合は少し複雑で、蜂蜜は自然界で露出した状態の糖と言えるけれども、そのままでは発酵が始まらない。少し水で薄めて液体の浸透圧を少なくしてやることで、酵母が活動出来る環境を作ってあげる必要がある。酵母は空気中を漂っているものでOK。
原材料の糖さえあれば、簡単にお酒造りはできてしまうんですね。こんなに簡単に造れるなら自宅で大量生産して売り捌けばぼろ儲けですね!
それ、ガッツリ違法だよ(酒税法違反)?
まあともかく、このようにして酵母のアルコール発酵で造られるお酒を特に醸造酒と言ったりする。そして例に挙げた3種類のように自然界に存在する糖をスタートラインとして発酵させる醸造酒を単発酵酒と呼ぶね。
お酒の種類その2 醸造酒(複発酵酒)
醸造酒にはもう1つ種類がある。スタートラインは糖ではなくデンプンなど糖以外の炭水化物だ。この糖以外の炭水化物はそのままでは酵母に食べさせることは出来ないので、炭水化物を糖にする糖化というプロセスを経る必要がある。
糖化の方法は色々あるのだけれども、人間にとって一番身近な方法から紹介しよう。よく、お米は噛めば噛む程甘くなると言われるけれども、これがどういう現象なのか学校とかで習って知っている筈だよね(自称天使は学校とか行くのかな…?)。
あー、たしかに。いにしえの記憶のどこかで習っていたと思います。
お米のでんぷんが、唾液の中に含まれる消化酵素アミラーゼによって麦芽糖に変えられ、麦芽糖はその後小腸内のマルターゼでブドウ糖に変えられ体内に吸収されるという流れですね。
よくできました。クズかわいい天使からかしこいクズ天使にクラスアップさせてあげよう。
で、実際にはその前半部分、だ液で麦芽糖に変える部分までが重要なのだけれども、お米を口に含んでよく噛み糖化させる。この状態のドロドロッとした状態の米をスターターとして酵母と引き合わせアルコール発酵させると、いわゆる口噛み酒のどぶろくができる。
あー、『君の名は。』とかで一躍有名になったアレですね。
…っていうかクラスアップして重要な”かわいい”の部分が失われていませんかね、ちょっとちょっとー!!
(ガン無視)口噛み酒はどぶろく以外にも、世界中の様々な場所で様々な原料を元に造られているね。
一方現在量販店などで売られているどぶろくはわざわざ口噛みで造っているわけではない。清酒と同じように、麹菌という菌を使って米のデンプンを糖化させアルコール発酵のスターターにしている。人間がだ液を使って自らの栄養として取り込める糖を作り出すように、麹菌も自分の栄養とするためでんぷんを糖化させるわけなのだけれども、それを酵母に横取りさせてアルコール発酵させるわけだね。
折角麹菌が分解した糖を横取りするなんて、酵母さんはクズかわいいヤツですね!
でもよく考えるとお酒を造るためにはるかなる高みから「あらそえーあらそえー」している人間が一番クズなんですけどね。
まあまあ。とにかくこういうタイプ、糖以外の炭水化物を糖に分解し、それをスターターにしてアルコール発酵させるやり方で出来る醸造酒を、複発酵酒と呼ぶ。
醸造酒のうちでも、最初から自然界に存在する糖をスターターとする単発酵酒よりも複発酵酒の方がどちらかというとポピュラーだ。それは何故かというと、穀物から造られる醸造酒というものが大体複発酵酒にあたるからね。
穀物自体が主食として扱われるなどして世界中で大量生産されてますからねー。
でも単発酵に比べて一手間かかってしまうので、お酒の原料としては嫌がられたりしないのですか?
単発酵の原料のようなむき出しの糖だと、それだけ意図しないタイミングで発酵が始まってしまう可能性が高いわけで。離れた産地で収穫された原料を別の場所に集めて醸造するといった離れ業もやりにくい。複発酵は人間が工業的に酒造りを行う場合にはかえって便利な仕組みだったのだよ。ちなみに穀物が炭水化物をむき出しの糖という形ではなくでんぷんなどの形で持っているのは、自身の発芽成長のために必要な栄養を外的要因で変化させられにくい形で保持し続けるためなのだろうけど、そうした安定的な性質のおかげで人間様にとってみれば貯蔵出来る食糧となったり、ひいては米本位制のような流通貨幣のポジションも得たりするのだから実に面白い。
(うわっ、話が脱線しかかってる…)
あの、穀物と言えば麦とかも思い付くのですが、麦を使った複発酵酒なんかもあるのですか?
麦を使った複発酵酒としてはビールがあるのだけれども、これはまさに今話してきた内容にも繋がる話だ。穀物が貯蔵している炭水化物は、自身の発芽のタイミングで自身が出す酵素によって糖化され使えるエネルギーへと変わる。先程登場した麦芽糖という名前の糖も、麦が芽を出すタイミングでデンプンから変えられる糖だから麦芽糖と言うわけだ。
ビール造りの際には、人間様が麦の種子が発芽する環境を強制的に作り出して、発芽の際に変えられた麦芽糖をスターターとしてアルコール発酵させる。
人類クズ!
まあ否定はしないけれども、さっきからガバガバ酒飲んでる分際が言える言葉ではないんだなあ。
それはともかく、ここまで紹介してきたのが醸造酒。単発酵酒と複発酵酒がある。おk?
おk。
お酒の種類その3 蒸留酒
醸造酒は分解する糖と酵母が残っている限り発酵を続ける。どぶろくとかビールの中には、出荷後も生きた酵母のおかげで瓶内二次発酵することを売りにする製品もあるね。
ただ、醸造で得られるアルコール度数は大体20度くらいまでで、それ以上のアルコール度数になると酵母がアルコールにやられて死んでしまう。
アルコール発酵の基本は酵母による糖の分解!ということでしたから、人類が手に入れられるアルコールの最大度数も20度くらいまでということですね。
いや、もっと度数が高く、もっと純粋で混じりっ気のないアルコールを手に入れる方法があって、それがアルコールの蒸留だ。蒸留というのがどういうものか、かしこいクズは知っている?
天使ですらなくなった!!訂正してください。かしこいクズかわいい天使です!
え、えっと、昔液体を下から温めて沸騰させ、管を通って出てくる水蒸気を冷やして水を得る実験をしたような気がします。
そうそう。水の場合は沸点が100℃だから、100℃で蒸発して気体として出てきた水蒸気を冷やして再び液体の水にするんだね。こうして得られるのが蒸留水。
そして、アルコール(エタノール)の沸点というのは約78.3℃と水よりも低い。醸造酒を78.3℃以上100℃未満の温度にして出てきた気体を集め冷却すれば、純度の高いアルコールが得られるわけだ。こうして得られる酒は、蒸留酒と呼ばれる。
おお、なんだかサイエンスですね。
サイエンスだけれども、蒸留酒自体の歴史は古く、古代ギリシャのアリストテレスがワインの蒸留を既にやっていた記録もあるようだね。ただそれが爆発的にヨーロッパ世界に広まるには、錬金術師というサイエンティスト達の出現を待たなければならなかった。彼らは蒸留酒のことを命の水(ラテン語でaqua vitae)と呼んで広めたため、いまでもヨーロッパ各地のご当地蒸留酒の名前がこの命の水をもじった名前になっていたりする。それぞれ原料となる醸造酒は異なれど、ワインを蒸留したフランスのブランデー(”eau de vie”)、ビールを蒸留したイギリスのウィスキー、ジャガイモで醸造した酒を蒸留した北欧のアクアビットなどがあるね。
世界のどの国に行ってもアルコール度数が高くて透明なご当地酒があるなあと思っていたのですけれども、ああいうのは全て蒸留酒だったわけですね。
ところで団長さん、ここがスプリングガーデン某所の酒場だという設定どこに行った?
…君のような勘のいいクズは嫌いだよ(大目に見てください)。
お酒の種類その4 混成酒
種類紹介の最後にあたるのが混成酒。これは最初にクズ天使が挙げた例の梅酒なんかがそうだね。ホワイトリカーのような酒に別の原料を加えてそのお酒の特徴を出す。ちなみにホワイトリカーと呼ばれているものは甲類焼酎で、種類でいうと蒸留酒にあたるね。
ここまでアルコール発酵の基本は酵母による糖の分解!というお酒の原則を学んできましたので、アルコールの元となった原料と全く違う原料を加えて特徴付けた混成酒というものは、まがい物のお酒にしか見えません(ドヤッ)!
いや、混成酒は混成酒で奥が深いものだよ?たとえばウメさんに関係するお酒を紹介しようと思ったときに梅酒を紹介するのは全然アリだと思うし、アルテミシアさんに関係するお酒としてはワインとの混成酒であるベルモットを紹介しないといけない。
ん…まあまあそのお酒が紹介されるときにおごってもらうわけですから、ここは黙っておいてあげましょう!
(こいつ…やっぱりクズ……!!!)
(クズ天使です……!!!)
アンゼリカさんに勧めたいこのお酒
それでここまで延々とつまらないお酒トークを聞いてきたのですが、結局私に格好良く勧められるお酒はナシですか。
そんなんじゃあこのかわいい天使を口説き落とすなんて夢のまた夢ですよ?
お酒の主役となるには単発酵させるための糖があるか、複発酵させるためのでんぷんそしてコスト面で穀物としての収量性があるか、はたまた混成酒となるための味・香り・薬効・迷信等のアピールが必要になるってことよ。ひょろひょろとした草のアンゼリカさんとしては混成酒ルートが一番可能性あっただろうけど、歴史的にそうはならなかったということだね。
まあ、大して気にしていませんよ。ご意見箱に毎日クズとか○ねとか投書されるの見慣れてて、案外打たれ強いですからね…
アンゼリカさん…最近ジンとかが全世界的なブームになっているって知ってる?
ジンって、あの透明なお酒ですか。透明な見た目ですし蒸留酒になるんですかね。
それでそのジンがどうかしました?
ジン自体は原料を問わない蒸留酒にジュニパーベリーというベリーの香りをつけたものという定義なんだけれども、ジュニパーベリーと一緒に数種類の原料を香り付けに使い、それらは総称してボタニカルと呼ばれるわけね。
ジュニパーベリー、まだ花騎士で実装されていないけれどもきっとかわいい娘なんでしょうね。
それはもう…かわいい天使のような。
で、最新のジンのブームでは、このボタニカルに多いものでは数十種類以上もの原料を使用した、クラフトジンというものが出てきているわけ。使用ボタニカルのリストとか見ても、ほとんど花騎士総動員状態。複雑で心地よい香りを作り出すために、香りのスペシャリスト達が日夜研鑽してボタニカルの組み合わせを考え出している。
へえ…それは華やかでよござんしたね…
それで、ボタニカルとして採用されている原料の順位なんかもわかるわけだ(参考サイト:the gin is in。超便利サイト)。1位はもちろん定義にもなっているジュニパーベリー。2位はコリアンダーシード。そして、3位につけているのがアンゼリカさん。これは言わば極限任務をクリアできるスペシャリスト達の第一パーティー採用率で、並みいる花騎士を抑えて3位になっているのがアンゼリカさんみたいな栄誉なわけ。
!!!
おおよそほとんどのクラフトジンのボタニカルにアンゼリカさんが使われている。これはクラフトジンのらしさを出すために、アンゼリカさんの香りが必要不可欠だと考えられているからではないかな。
つ…つまり、誰にも愛されるかわいい天使!!!
(その理屈はよくわからないけれども)というわけで、アンゼリカさんにはクラフトジンの奥深い世界をぜひ知ってもらい、自身のもつ重要性を再確認して貰いたいところだね。
こうしてスプリングガーデン某所にあるバーでの夜は更けていくのであった。なおその後アンゼリカさんが店に置いてあるクラフトジンを全部飲みたいと騒ぎ立てたため、団長の財布にはとても効果的な打撃が与えられるのであった…(クラフトジンはお高めの価格設定のものもあります)。
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