DMM GAMESの花騎士/フラワーナイトガールというブラウザゲームでは、2週間に1回のペースで行われるゲームイベント毎に、花を擬人化したキャラクターがおおむね4体ずつ追加されていく。
ユーザー数もかなり多いゲームなので、キャラクターが追加されたタイミングとほぼ同時に攻略wikiにも当該キャラクターのページが出来、キャラクターのグラフィックや性能概観などの他、元ネタとなった花の情報なんかもいつしかページに追加されていくことになる。いつ花を咲かせるか、原産はどこであるか、花の名前の由来、などの他に学名についても情報として書かれている。この学名をあたっていくと、ストーリー上では一見関係が無さそうなキャラクター同士が実は近縁になる植物だったとか、意外な事実に気付くことが多い。キャラ同士の絡みを考える妄想や創作への足がかりとなることも多いだろう。
学名の基本的な仕組みを理解しよう
意外な絡みと言えば、たとえばアルテミシア、タラゴン、ヨモギ。この3者はいずれもキク科(Asteraceae)のヨモギ属(Artemisia)に属する植物である。ん?ヨモギ属なのに学名はArtemisiaなの?ということはヨモギ属の領袖的存在はアルテミシアになるわけ?とか軽い混乱を生じるが、和名ではアルテミシアの方がニガヨモギと、まるでヨモギの亜種のように表現されているから面白い…いや厄介だねこりゃ。この辺りは植物の分類が先にあってそれに従って和名がつけられたというわけではないので仕方の無いところだろう。○○キクという和名でもキク科ではない、みたいな事例もいくらでもあるだろうしね。
二名法おじの二名法
さて植物の学名を表記する際だが、カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)というスウェーデン生まれのおじさんが採用した二名法という表記法を一般に用いる(つまりこの人は二名法おじということだね)。先程例に出したアルテミシアの学名はArtemisia absinthium、タラゴンならArtemisia dracunculusというように、属名を頭に付けてそのあと種小名を続ける。この学名の構造はちょうど名字と名前の関係になぞらえることもできる。ヨモギ属アルテミシアとだけ簡潔に表現しておけば、ではアルテミシアは何科の植物になるの?と知りたくなったときに、キク亜科に属する属のリストを見るとヨモギ属がいる。さらにキク科の亜科一覧を見るとキク亜科がいる。というように、学名自体にはその情報が含まれていなくても階層を辿っていくことでどの上位カテゴリに属しているかも分かるわけだ。千早赤阪村の山田さん、という情報があればその方が大阪府在住であることも日本国在住であることも分かる、といったように(同姓、同名自治体などが無い前提ならね)。
学名に二名法が採用される以前には、命名者のセンスに基づいた勝手気侭な長ったらしい名前が付けられていた。それを二名法おじがビシッと統一して、自然科学に体系的な学問らしさが出てきた。日本語の”学名”という単語はいかにも一般名詞っぽい無味乾燥な字面だけれども、ラテン語では”binomen”。”bi-(二つの)” + “nomen(名前)”ということで二名法そのものを表しているのだね。
学名の中にはやたら長くて難解なものもある…
このように仕組みさえ抑えてしまえば、学名なんて難しくない。アルテミシアはArtemisia absinthium、タラゴンはArtemisia dracunculus、ヨモギならばArtemisia indica Willd. var. maximowicziiというように…ん?短く簡潔じゃなくない???
しかも文献によってはヨモギの学名は、Artemisia indica Willd. var. maximowiczii (Nakai) H.Haraと記載されて場合もあるではないか。こんな長い名前をもしスターバックスで唱えようものなら、ホイップとか甘いソースとかがマシマシのインスタ映えしそうなドリンクが手元に注文され途方にくれてしまうだろう。
二名法を拡充するさまざまなルール
実はアルテミシア、タラゴンの学名も、ヨモギのスタバ呪文風に記載するとそれぞれArtemisia absinthium L.、Artemisia dracunculus L.となる。これは学名の後に命名者を明示する表記法で、アルテミシア、タラゴンについてはL.さんが命名しましたよ〜という意味合いである。それでL.さんって誰なの?って話だけれども、これはまさに二名法おじのことだ。二名法おじのようなあまりに命名数が多くて正直「またこいつかよ」となってしまう命名者については便宜のため略記を使うことが認められていたのだ。リンネの他にも、たとえばリンネの弟子で来日もしたツンベルクはThunb.と略されている。
命名者表記は修飾する種名の直後につける
ヨモギのスタバ呪文には命名者が3人記載されている。まずWilld.の部分だが、カール・ルートヴィヒ・ヴィルデノウ(Carl Ludwig Willdenow)というドイツ人植物学者の名前を略記したものだ。でもこの人がヨモギそのものを命名したわけではなく、Willd.がかかっているのはあくまでその前の部分のArtemisia indicaまで。Artemisia indicaという植物は名前のとおりインドあたりで標本が採集され、ベルリン植物園の園長を務めていたヴィルデノウの手に届けられ新種として命名されたのだろう。
一方、ヨモギそのもの(Artemisia indica Willd. var. maximowiczii)の命名者として書かれているのが2名の日本人。Nakaiは中井猛之進、そしてH.Haraは原寛となっている。
変種を表すのにvar.を使う
ではArtemisia indicaとArtemisia indica var. maximowicziiの違いって何?ということだが、これはvar. maximowicziiの方がArtemisia indicaの変種であるということを、var.という表記で示している。
変種というのは既に命名されている種(基本種)とやや異なる特徴を持っているものの、単独の別種として立てるほどではないときに採用されるもの。基本種と同じ環境にあれば交雑してしまい1つのグループになってしまうだろうけれども、実際には生息環境が異なり(たとえば地域的に離れているとか、たとえば水場を好む/乾燥を好むなど好適環境が違うなど)交雑しないままで存在しているものだ。有名な例ではアブラナ、カブ、コマツナ、チンゲンサイ、ハクサイなどの野菜は全てブラッシカ・ラパ(Brassica rapa)という種の変種とされている。
変種を表すにはvar.という表記をつけ、その後に固有名をつける。アブラナはBrassica rapa var. nippo-oleifera (Makino) Kitam.となり、カブはBrassica rapa var. glabra Regelとなる。するとヨモギの場合maximowicziiという人名っぽい響きの部分が変種を表す固有の名称だということになる。
学名の書式など
ここまで読んでくれば大体察しがついているだろうけれども、学名は基本的に斜体で記載され、属名ならば大文字始まり、種小名ならば小文字始まりで書かれる。そして上で説明したvar.や命名者名などその他の部分は斜体にしない。
学名はラテン語で付けられ、ラテン語は語尾が活用する言語なので日本語など他言語の単語を元に名付けられる場合でも、必要であればラテン語的な活用に合わせる。まあこの辺りは実際に学名を名付ける段にでもならないと必要無い知識だろうから無視してよいだろう。
献名
先程ヨモギのmaximowicziiの部分は人名っぽいと書いたけれども、何を隠そう人名である。つまりヨモギの学名には4人の実在人名が出てくる。けれども他の3名と異なりmaximowicziiは命名者ではない(何しろ斜体で書かれている)。
これは献名と言い、命名者が敬意を表する人の名前を命名の際に採用したものである。ロシアの植物学者で開国後の日本にやってきて精力的に植物調査を行ったカール・ヨハン・マキシモヴィッチ(Carl Johann Maximovich)に因んで、この人のファミリーネームをラテン語的な活用したものがmaximowiczii。
属名変更
最後に説明中ずっと収まりの悪かった(Nakai) H.Haraの部分。Nakaiが中井猛之進、H.Haraが原寛であるということは先程書いたけれども、この2つの命名者名はどういう関係になるのだろう。
この括弧の記述は、括弧の中に入っている命名者がまず命名して発表したけれども、その後後ろの命名者によって対象となる種が別の属であると変更されたため、原命名者と属名変更者両方の名前を残しているというものだ。属名変更なんて、最初に命名した人のうっかりさんで別の属に入れてしまったケースでしか見られない稀なもののように感じるかもしれないが、意外と多い。というのも、そもそもの分類体型自体がめまぐるしく更新されているからだ。これはいずれまた別の機会に書こうかと思っている。
終わりに
とりあえずこれで、ヨモギのような長い学名を見てもざっくり何を言っているのかわかるようになった。他にも色々な呪文があるのだが、そんなものはスタバでの注文時に新人バイトをおたおたさせるために必要なだけだから気にしなくて良いのだ。というか、お気に入りのキャラの学名を調べて、まだ知らないルールが出てきたらその都度勉強すれば良い。
学名の基本的な仕組みを理解していると、二次創作なんかで間違った学名の使われ方をしていたりするのを見てニヤニヤ出来るなどメリットが一杯あるはずだ。嫌味ったらしい間違い指摘ができるようぜひ研鑽を積んでくれ。そしてその情熱は決して私に向けないようにしてくれれば幸いだぞ。
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